お知らせ

\私たちの想い/ スローガンを一新!!!

京都大原記念病院は令和2(2020)年の年頭に際し、スローガンを一新しました。   「あなたらしく」のためにできるすべてを。 私たちがチーム一丸となって 寄り添い、歩みあい、 その人らしい人生として輝かせる   当院は、回復期リハビリテーション病院として、「自立支援」「介護負担の軽減」「安心の提供」をリハビリテーションの目的と定めて患者様の社会復帰を支援して参りました。私たちの行動は全て、脳卒中など突然の病に戸惑いながらも、目の前の現実を受け入れ前を向く患者様の生活が、より「その人らしい」ものとなることを目指すものです。 そのために何より大切なのは、特別なことではなく、医師を中心に看護師、セラピスト、介護職、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなど多職種がチームで向き合うことと考えて取り組んで参りました。新年を迎えるに当り、そうした想いや決意を今一度胸に刻み日々実践していくべく新たなスローガンを明文化しました。 当院は患者様、家族様、連携医療機関、地域の皆さまなど多くのご支援のもとで成り立っております。今後とも変わらぬご支援、ご指導をいただきますようお願いいたします。 京都大原記念病院 院長  垣田清人

続きを見る

『木村紀久雄展-ともに生きてる-』を開催します。

2020年1月15日(水)から約1か月間、御所南リハビリテーションクリニックの患者の木村紀久雄さんの作品展『木村紀久雄展-ともに生きてる-』を京都大原記念病院 作業療法室前で開催しています。木村さんは、2016年頃より歩行困難となり脊柱管狭窄症と診断され、同年に腰、2018年には首の手術を経験。2度目の術後、利き手にも障害が現れ、脚と共にリハビリを開始されました。 一時は閉じた指を自力で開くことができず、あきらめそうになるも、「もう一方の手で描けばいい、面白い線が描けるかも」などと前向きに捉え描き続けられました。2019年10月、リハビリと並行して創作された作品で個展を開催。「背中を押してくれる人たちや出来事があってのことだった」と実感し、人や人の営みと共に生きていることを改めて感じる機会になったそうです。現在も『日常に面白さや楽しさを感じること』を大切に、創作を続けておられる木村さん。面白いや楽しいと感じてもらえたら嬉しい、と今回の展示に至りました。 京都大原記念病院としても、ぜひこうした想いに触れていただくことを願っております。限られた期間となりますが、ぜひ、お気軽にお立ち寄りください。 ■作品の展示に際し木村さんにインタビューしました(詳しくはこちら)

続きを見る

【外部発表のご紹介】回復期病棟脳卒中患者の運動機能が日常生活動作に及ぼす影響~退院時におけるFACT・BBS・FMAと運動FIMの関連性~

日々提供するリハビリテーション医療がより良いものとなるよう、様々なテーマで各職種が研鑽に努め、学会などでの外部発表などに取り組んでいます。本日はその一例として当院の理学療法士が発表した「脳卒中患者が効率よく日常生活動作を改善していくために必要な運動療法の検討」をテーマとした演題をご紹介します。   回復期病棟脳卒中患者の運動機能が日常生活動作に及ぼす影響 ~退院時におけるFACT・BBS・FMAと運動FIMの関連性~   久保田一誠 京都大原記念病院 理学療法士 2019年11月リハビリテーション・ケア合同研究大会   回復期リハビリテーション病棟(回リハ病棟)では、2016年4月の診療報酬改定で「アウトカム評価」の仕組みが導入され「成果(実績指数)」が明確に求められるようになりました。入院患者の日常生活自立度を示すFIM(Functional Independence Measure)がどの程度の期間で改善したかを指標とし、効率的な効果の発揮が求められています。 今回の研究テーマは脳卒中患者が、効率よく運動FIMを改善していくために必要な運動療法の検討です。 運動FIMとは、日常生活にある食事や整容(身なりを整える)、排泄など13項目の生活動作ができているかどうかを7点満点で評価する指標です。各項目6点以上、合計70点以上で補助具等を用いれば身の回りのことが自分でできると判断されます。 2018年10月から2019年3月までに京都大原記念病院の回リハ病棟を退棟した脳卒中患者87名を対象に、運動FIMと4つの運動機能評価の関連性を検討しました。用いたのは、主に座った状態でのバランス能力の評価(FACT:Functional Assessment for Control of Trunk)、主に立った状態でのバランス能力の評価(BBS:Berg Balance Scale)、脳卒中患者の上肢・下肢の機能障害の程度(FMA:Fugl-Meyer Assessment)。これら4つの評価結果と運動FIMの関連性を調査し、どのような運動機能が日常生活動作に影響を及ぼすかを調査しました。   全体では、バランス能力の評価結果と運動FIMには関連性が見られ、特に身の回りのことが自立している方(運動FIM 70点以上)は、座った状態、立った状態ともバランス能力は許容範囲以上のバランス能力が必要であり、運動FIMの改善にバランス能力が大きく関係することが確認されました。 さらに、運動FIMを細分化し検証すると、特に座った状態のバランスと身の回りの動作の自立との関連性を確認できました。加えて、体を拭く動作には上肢の運動機能、ズボンやパンツなどの着替えや浴槽への移動には下肢の運動機能も関連することが確認できました。 以上の結果から、静的に立つ、歩く練習をするだけでなく、座った状態での日常生活の動きのバランス練習が重要となることが分かりました。また今回の検討を通して「生活の質(QOL:Quality of life)」と「日常生活自立度(ADL:Activities of daily living)」は必ずしも一致しないこと。状態によっては、運動FIMで検討し、日常生活自立度の向上を図ることが生活の質向上につながるが、そうでない対象者も存在することを再認識することができました。 今後、運動機能(バランス能力や機能障害など)をより細分化した検証を進め、患者様一人ひとりの状態に合わせた運動療法を提供していけるよう取り組んで行きたいと思います。   抄録はこちら

続きを見る

第7回京都府作業療法学会 大会長 に就任!_江川大地 作業療法士

令和2(2020)年 2月16日(日)佛教大学二条キャンパスにて開催される第7回京都府作業療法学会の大会長に、京都大原記念病院 江川大地 作業療法士が就任しました。同大会は、京都府下医療機関の作業療法士が加入する京都府作業療法士会が毎年1回主催され、昨年は約300名が参加されました。今回は大会長就任を記念し「令和 新しい時代へ ~共に成長しよう OTのチカラ~」とテーマに掲げた想いについて話を聞きました。 近年の回復期リハビリテーション病棟の増加もあり、京都府下でも医療機関に属する作業療法士の若返りをひしひしと感じます。現場の一線で活躍するスタッフだけでなく、後身を育成するスタッフも若手が増加しました。未来を担う若い人材が増えることは喜ばしい一方で、限られた経験のなかで教育などに取り組むには難しさもあります。そうした背景もあり、同大会は若手が気軽に参加できることを念頭にプログラムを構成しました。ワークショップを通じて互いに研鑽するとともに、横のつながりを構築する機会になることも期待しています。 所属機関や、個人によっても考え方はことなると思いますが、リハビリテーションの目的は「その人らしい在宅生活」を目指して支援することにあると考えます。脳卒中等で後遺症が現れた時、まず立てるようになることは重要です。一方で、立てればその人らしい生活を送れるとは言い切れません。作業療法士は特に日常生活や、職業復帰などを見据えた「生活動作」を中心とした分野を担います。患者様が完全にそうした動きを取り戻すのは難しいですが、今置かれた状況のなかでのその人らしく在宅で生きる選択肢を見つけられるよう援助することが、作業療法士として最大の支援になると考えています。そのためには退院後の生活を想像する力も必要です。 そうした力を養い、実践していくためにはどうすればよいか。本大会での学びを通じ「OTとして見るべき視点」をともに学び、参加者それぞれが「OTのチカラ」を存分に発揮できる機会となることを目指します。

続きを見る

北部連携パスで医療従事者向けに講演!

11月11日(月)第2回 京都府北部脳卒中・大腿骨近位部骨折地域連携パス運営会議(以下、北部連携パス会議)にお招きいただき、グリーン・ファーム・リハビリテーション®について京都大原記念病院の木村彩香医師らが講演しました。 会場となった綾部市立病院が位置する京都府北部地域は、自然に恵まれて農業に取り組まれる住民も多い大原と似た環境にあります。今回はそうした似た環境を最大限に活かした取り組みに「私たちにも通じる様々な可能性があるのではないか」と機会をいただきました。当日は、医師や医療ソーシャルワーカー等 約50名が参加されました。 講演では地産地消の取り組みから始まり、地元野菜を取り入れることから作ることへ。そして農業指導いただくタキイ種苗㈱との出会いや、患者様からの「リハビリとして農業をやってみたい」という声に応える形で活動が本格化してきた経緯。農業活動を通じて広がった地域との関わりなどを冒頭にご紹介。 その後は、同地域の医療機関から転院され、実際にグリーン・ファーム・リハビリテーション®に取り組まれた方を含む3名の症例をご紹介しました。機能改善効果をエビデンスで示すには、データ蓄積などの課題があるとしながらも、表情の違いや意欲向上など現場では通常の訓練との明らかな違いを感じていることにも触れました。参加者からも「こんなに表情が変わるものか」驚かれる声や、普段家庭菜園をされている方などから「どんな品種を育てているの?」などご興味をお持ちいただけたご様子でした。 着実に歩みを進める取り組みにご興味をお持ちいただく方が増えていることも励みに、一層高みを目指して取り組んでいきます。  

続きを見る

背筋をのばしてしっかり歩いて健康に!

2019年11月16日(火)、第30回日本老年医学会近畿地方会 市民公開講座が「地域で支える健康長寿」をテーマに開催され、京都大原記念病院 院長 垣田清人医師が「リハビリテーションで築く明るい長寿社会」と題して講演しました。健康長寿の秘訣は「背筋を伸ばしてしっかり歩くこと」とメッセージを送りました。講演の要旨をご紹介します。   いつまでも健康でいるために予防が大切 健康長寿とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を意味します。日本で右肩上がりに伸び続ける平均寿命と、健康寿命の差は男性で平均して8.84年、女性で12.35年(厚生労働省_第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会資料(2018年))存在し、この間は言い換えると不健康寿命とも言えます。 京都に目を向けると、男性は約10年、女性は約14年となっています。平均寿命は男女ともに全国でも高い順位に位置(男性:3位/女性9位)しているものの、健康寿命でみると中盤以下(男性:28位/女性:44位)というのが実情です。(平成30年版高齢者白書)残念ながら、長生きだけど不健康と言えます。 65歳以上の方が要介護になる主な要因は、脳卒中、認知症が上位を占めます。さらに要介護5になった原因の疾患に絞るとこの2つの疾患で半数以上を占めるようになります。いつまでも健康でいるためには予防が大切です。   生活習慣の改善と適切な運動を 2019年5月世界保健機関(WHO)が認知症ガイドラインを発行し、予防指針のポイントを示しました。そこでは「運動」「禁煙」「高血圧の治療」「糖尿病の治療」が強く推奨されました。サプリメントや脳トレなどは推奨項目としては挙げらなかったことを考えると、悪いものではないもののそれだけで予防できる方法ではないということであると思います。生活習慣の改善はもとより、適切な運動が大切であり、これらは脳卒中予防や認知症予防だけでなく生活習慣病の予防と広く捉えることができると思います。   運動はしすぎると良くない 脳卒中は大きく出血(血管が破れる)によるものと、詰まる(梗塞)によるものがあります。それぞれに運動と発症リスクの関係は少しずつ違います。運動と脳卒中発症のリスクを長年追跡調査(コホート研究)されました。 その結果では、脳卒中全体を捉えると普通ペースで約1時間半歩行する程度の負荷量で、3割程度 脳卒中発症のリスクが下がるとされ、運動を継続(負荷量が増す)してもリスク水準はあまりあがることはありません。 しかし細分して出血性に焦点を絞ると、最初は全体と同じく発症のリスクはさがるものの、過度に負荷がかかるとかえって何もしないよりリスクが高まることが分かっています。例えばジョギングなどの激しい運動を1時間以上継続した時の発症リスクは、何もしない時よりも高くなります。こうした背景を考えると、適度なジョギングはもちろん良いのですが「しっかり歩くこと」が一番良い方法だろうと私は考えています。   姿勢よく歩きましょう ただし姿勢よく歩くことが大切です。高齢者の歩き方にはいくらか傾向があります。「縦揺れ小さい」「横揺れ大きい」「歩幅が小さい」(図)心当りはあるでしょうか。こうした傾向は意識すればある程度は改善できます。 健康のために歩くという意味では「肩の力を抜く」「背筋を伸ばす」「あごは軽く引く」「軽くひざを伸ばす」「いつもより少し広めの歩幅で、かかとから落とす」「(後ろの足は)親指の付け根で押し出す」これらを意識して歩いてみてください。そうすれば、正しい重心移動(図)で歩くことができるようになるはずです。時には両手を大きく振り、また杖を使ったり、もしくはノルディックウォークのように手も使いながら歩行されることもいいと思います。大切なのは姿勢よく、しっかりと歩くことです。 私たちは2020年3月に新たな取り組みの開始に向けて準備を進めています。「大原健幸の郷」として、高齢者の方がいつまでも元気で生活できる共生社会をつくることを目指して京都府などと一緒に取り組む予定です。ここでも大原の環境でのウォーキングなどにも取り組んでいただく予定です。   背筋をのばしてしっかり歩きましょう 近年、新体力テストの結果などから高齢者の体力が若返っていると言われています。2015年6月に開催された日本老年学会学術集会で開催されたシンポジウムで「最新の科学データでは、高齢者の身体機能や知的能力は年々若返る傾向にあり、現在の高齢者は10~20年前に比べて5~10歳は若返っていると想定される。個人差はあるものの、高齢者には十分、社会活動を営む能力がある人もおり、このような人々が就労やボランティア活動など社会参加できる社会を創ることが、今後の超高齢社会を活力あるものにするために大切である。」という声明も出されました。 「若い者に負担をかけたくない」という思いは共通してお持ちかと思います。自分の健康と自分の健康と体力を維持していくことが大切であり、そのためには歩くことが一番大切であると私は思います。私たち京都大原記念病院はリハビリテーションを専門として、病気で倒れたあと、また元気になれるように、患者様が自分のことを自分でできるようサポートすることが中心です。ただこれからは元気なうちから健康を維持していく、例えばロコモを予防するような働き掛けも大切と考えています。健康維持していくためには、皆さんにも自分の意識、自分で動くことが必要です。背筋をのばしてしっかり歩きましょう。   【演者】 垣田清人 京都大原記念病院 院長 日本脳神経外科学会専門医 日本脳卒中学会認定脳卒中専門医  

続きを見る

リハの目標と成果報告_京都第二赤十字病院で症例報告会

京都大原記念病院グループと京都第二赤十字病院(第二日赤)との症例報告会が10月23日、上京区の第二日赤で開かれ、患者2症例について理解を深めた。 会は、発症後の急性期の治療に当たる第二日赤と、その後のリハビリを担う同グループ(京都大原記念病院、京都近衛リハビリテーション病院、御所南リハビリテーションクリニック)が、共通して診た患者の回復の度合いについて理解を深める狙いで年1回開いている。永金義成・第二日赤脳神経内科部長が司会を務めた。 一例目は「高次脳機能障害の患者にとって自立した生活とは?~バリント症候群に対するアプローチ」と題して御所南の森右京・言語聴覚士が発表した。患者は70代男性で視野障害、左右失認、失算があった。 リハビリでは、文章を読む時に目線の散らばりを抑えるため、長方形の穴をあけた紙片を読みたい部分に当てて読む工夫をした。また食事動作では日常生活でも箸を使うようにした。バスでの外出訓練では、横断歩道が認識できなくて落ち込む場面もあったが、6カ月後の退院時には体の偏りもなくなり、動作は自立レベルまで回復できた。 二例目は「重度高次脳機能障害が改善し自宅復帰を果たした一例~退院したら家のことをしたい」を題し近衛の山根大和・理学療法士が発表。家のことをすべて一人で行ってきた70代女性がくも膜下出血に罹患し、せん妄、ひざ関節痛を抱えながらリハビリに励んだ日々を報告した。 患者は当初は物を壊すなど暴力的な面もあったが3カ月目あたりから驚くほど改善。4カ月目以降は主婦業のための調理訓練や身支度、時間管理を促した。退院時には基本動作は自立し、メモを活用しながら一日の予定を管理できるようになったという。

続きを見る

リハビリマインド_垣田清人院長 (3/3) 「人生の充実感を探す支援を目指す」

垣田清人医師(京都大原記念病院 院長)に脳神経外科医からリハビリ医療に転身して13年間、見てきたこと、培ったリハビリマインドをテーマに話を伺いました。全3回に分けてご紹介します。 第3回は「リハビリの現場で思う医師の役割やマインド」がテーマです。現在、そして未来を見据えて考えを述べています。 医師は各専門職の知識を引き上げまとめる「チームリーダー」 チームで患者様と向き合う 私はこれまでの約40年間、急性期、そして回復期で多くの患者様と出会ってきましたが、「医師としてこうあらねば」という思いはあまりありませんでした。医師だから、患者だからではなく、一人の人間同士として自然体で接する。そのなかで、私の持てる知識で応えて行ければと日々対応しています。 大切なのは、チーム医療です。院内での医師の役割は、各専門職の知識を上手に引き上げてまとめる「チームリーダー」と捉えています。周りからは「医師が一番上」と階層的に見られることがありますが、そうではないと思っています。重要なのは、お互いの持てるものを出し合って、一人の患者様に向き合うことです。私は、声かけをするなどして、ムードを作れるよう意識しています。 人生の充実感を探す支援を目指す 急性期在籍時は、当然、第一に救命であり、それがモチベーションになっていました。今は、当時知らなかった、急性期を脱した後の患者様の様子を、時間をかけて診ることができています。自分の人生で、専門である「脳卒中」の最初から最後までを診ることができている、という点で充実感を得ています。 自宅への退院が叶わなかった患者様を見るとつらさはありますが、無事に自宅へ退院し(元通りとは行かないまでも)生活を取り戻したとか、次のステップを見出すことができたという患者様を見ると嬉しく思います。 そのためには、どこかのタイミングで患者様自身にも気持ちを切り替えていただいて、今の状況で一番良い人生の歩み方を一緒に考えていきたいと思っています。実際うまく切り替えられずに、自宅に帰っても思うような生活にならない方、外に出られなくなる方がいます。御所南で外来診察していても、障害を引きずり、単にリハビリを続けているだけになってしまう方も見受けられます。 私は、安易に「頑張れば良くなる!」という言い方はしません。「障害を克服する」という言葉を、「障害が治る」と理解する方もいるからです。しかし、現代の医学では完全に元に戻ることは難しい、というのが実情です。だからこそ、障害を受け入れつつ「その人にとって一番の歩み方」を見つけて人生の充実感を味わっていただけるように、私たちも最大限の努力と支援をします。 障害者スポーツを見るとき、選手たちも(その経緯にもよるでしょうが)おそらく当初はなかなか障害を受け入れることができなかっただろうと想像します。それでも選手の皆さんがいつもとても良い顔をされているのは、その状態での自分の生き方を見つけられたからだろうと理解しています。患者様にも、そんな顔で生活してほしいというのが私の願いです。スポーツにはそれなりの能力が必要ですが、先ほど話題に挙げた農業(グリーン・ファーム・リハビリテーション®)には参加してみてほしいです。自分の生き方を見つめ直し、自分のできる中から楽しみを見つけてほしいし、そうアドバイスしていくことが一番良いかと思っています。 医療者である前に一人の人間として大切にしたいマインド 京都大原記念病院の回復期リハビリテーション病棟にご入院されている患者様の90%以上は、グループ外の医療機関等からご紹介いただいています。これは、日々連携する医療機関等との信頼関係があってのものです。リハビリの成果はもちろん、これまでに重症な患者様も受け入れてきたという実績も、選んでくださる理由にあると考えています。またグループとして、老健や特養など様々なステージを展開していることも要因の一つでしょう。 京都大原記念病院に来て最初に驚いたのは、どの職員も「こんにちは」と挨拶をしてくれたことでした。これは私だけでなく、退院時に実施しているアンケートや来客からもお聞かせいただく感想です。私たちは、医療人である前に一人の人間です。マインドとして根付くこうした文化を、これからも大切にしていきます。   時代の変化をとらえ、リハビリ専門病院として歩み続ける 今後ますます時代は変わって行きますが、少なくとも今頑張っていることは、京都で一番だと自負しています。それは、これまで積み上げてきた結果が示しています。これからも、リハビリ病院として信頼を重ねていきます。また、強みとも弱みともとれる立地も、環境を最大限に活かし「大原だからできること」を大切に取り組んでいきます。 ハード面の老朽化も課題ですが、患者様向けのスペースはもちろん、働くスタッフの環境改善にも取り組んで行きます。気持ちよく働ける環境があってこそ、患者様に対して良い仕事ができると思うからです。 ご紹介いただく医療機関の皆様には、患者様の「その後の人生」を考える一つのプロセスと捉えて送り出してくだされば幸いです。患者様の人生を作り上げる「仕上げの場」として、目的を持って任せていただけるようチーム一丸となって全力で向き合います。   【Profile】 垣田清人(かきたきよひと) 京都府立医科大学を卒業後、2年間東京の大学病院で研修した後に帰京。医局へ入らず、京都第一赤十字病院(以下、第一日赤)に直接入職。京都大原記念病院 院長に就任するまでの約30年間在籍。本人曰く「私は外様なんです(笑)」。 |資格| 京都大原記念病院 院長 日本脳神経外科学会専門医 日本脳卒中学会認定脳卒中専門医   【連載第1回はこちら】 変化に富み、忙しくも充実した急性期時代 【連載第2回はこちら】 リハビリは脳を介して取り組むべきだ

続きを見る

リハビリマインド_垣田清人院長 (2/3) 「リハビリは脳を介して取り組むべきだ」

垣田清人医師(京都大原記念病院 院長)に脳神経外科医からリハビリ医療に転身して13年間、見てきたこと、培ったリハビリマインドをテーマに話を伺いました。全3回に分けてご紹介します。 第2回は「リハビリテーション医療についての考え方」がテーマです。2007年4月に院長に着任してから現在までの経験を踏まえて、考えを述べています。 着任当時に感じた医師としての違和感。医師が積極関与する仕組み作りに着手 児玉理事長からの招きで、2007年4月院長に就任しました。「リハビリテーション医ってなんだろう?」と思いながら仕事を始めたことを覚えています。と言うのも、医師によっては治療手技を持つ人もわずかにいましたが、他方セラピスト達の報告を受けて訓練内容を指示するだけの医師もおり、治療手段を持たない医師として違和感があったのです。実際現場に入ってからは、医師がしっかりと関与するような体制が必要と考え、装具検討会設置の他、普段からなるべく訓練室に患者様の様子を見に行く意識付けにも取り組みました。 カンファレンスについては、私が就任する以前から三橋尚志先生を中心に医師の参加が徹底されていました。医師にも、自分の専門領域の報告をするだけでなく、患者様のその後の生活全体を捉え描くための医療外の知識と、それに対応する意識を持つ必要があると思っています。   脳を介したリハビリ、スタッフの成長とともに新たな療法を取り入れる リハビリ医療の世界に入って13年目、基本的なこととして「単に動かす(動かしてもらう)だけではいけない」と考えています。患者様が、脳を介することを意識して取り組まないと意味がないのです。極端な話、例えば患者様が寝ている状態で、スタッフが一生懸命やって関節の可動域を拡げることができても、それはニューロリハビリテーション(脳科学を応用したリハビリテーション)ではないということです。 促通反復療法(通称:川平法)の他、かつてはミラー療法などで器具を作って配ったこともありました。いずれも、脳(への刺激)を介しているので有効と考えてのものでした。「リハビリは脳を介して取り組むべきだ」というのが、私の基本的な考えです。 就任以降、一人一人がしっかりと力を伸ばしてくれて、磁気刺激治療や促通反復療法、LSVT LOUD&BIGなどの新たな療法を取り入れることもできました。最近では、昨年(2018年)京都近衛リハビリテーション病院(以下、近衛)を開設し、体制が一気に拡大しました。スタッフが若返り、院内の状況も変わって来ています。   新しい取り組みは、セラピストのキャリアアップにもつながると思っています。技術を身に付け、次々とスキルアップすることで、やりがいにもなります。得たものは、患者様へのサービス向上だけでなく、経営面でもプラスに働いています。 各スタッフの研究活動や学会発表は、まだまだ増やさないといけません。発表だけでなく、ペーパー(論文等)にまとめて発信することも大切で、院内の総合リハビリテーションセンター前での掲示はその一環です。スタッフにそのような意識で取り組んでもらえるよう、体制をさらに強化していきたいと考えています。   一見弱みの立地も、環境を活かし「大原だからできること」へ 赴任した時から、「この場所で、どこまで頑張れるかな」という不安が、なかったと言えばうそになります。この10年で、京都では回復期リハビリテーション病棟のベッド数が約4倍に増えました。グループとしては、2013年6月の御所南リハビリテーションクリニック(以下、御所南)開設に続き、2018年4月に京都近衛リハビリテーション病院を開設。町中に窓口が増えたことは間違いなくプラスです。人の流れという点でも勉強になっています。とは言え、本院である京都大原記念病院が、大原でしっかりとやっていくことには変わりありません。 幸いにも近年では、「大原だからできること」として「グリーン・ファーム・リハビリテーション®」が徐々に活発になってきています。何度かメディア取材を受け、最近は依頼を受けて学会誌へも寄稿しました。 この取り組みは、患者様が能動的に活動することに意義があります。机上で三角コーンを繰り返し動かす訓練を例に挙げると、基礎練習としての意味はもちろんありますが、「おもしろくないから」と能動的に取り組めない患者様もいます。しかし、退院後の実生活では全て自らの意思で動作をスタートさせなければなりません。能動的な活動を促すために、うまく用いていきたいと考えています。また、併設の老健や特養の日中活動に組み入れるなど、あらゆる形で発展する可能性を感じています。中心的存在である木村彩香医師(指導医)と作業療法士などを起点に、より一層高めてほしいと思います。私としても、この取り組みはきちんと育てて行きたいと考えています。 以前、デイルームでご飯を炊いているというリハビリ病院の話を聞いたことがあります。例えばそのような機会を作り、状態によっては患者様自身に配膳などの役割を持って参加していただくことも、病棟でのリハビリの一環として良いですし、患者様の気分も良くなるだろうと思います。 リハビリ訓練に取り組む時間は、多いとは言え1日3時間です。それ以外の時間を看護師や介護スタッフが工夫してはいるものの、まだまだ寝たりテレビを見たりして過ごす方も多くいます。社会復帰を目指すうえで、実生活に参加を促す機会も大切です。当院の農業(グリーン・ファーム・リハビリテーション®)もリハビリ訓練時間での活用がメインですが、それ以外の活用も広めていけたらと思っています。   【Profile】 垣田清人(かきたきよひと) 京都府立医科大学を卒業後、2年間東京の大学病院で研修した後に帰京。医局へ入らず、京都第一赤十字病院(以下、第一日赤)に直接入職。京都大原記念病院 院長に就任するまでの約30年間在籍。本人曰く「私は外様なんです(笑)」。 |資格| 京都大原記念病院 院長 日本脳神経外科学会専門医 日本脳卒中学会認定脳卒中専門医   【連載第1回はこちら】 変化に富み、忙しくも充実した急性期時代 【連載第3回はこちら】 人生の充実感を探す支援を目指す

続きを見る

リハビリマインド_垣田清人院長 (1/3) 「変化に富み、忙しくも充実した急性期時代」

垣田清人医師(京都大原記念病院 院長)に脳神経外科医からリハビリ医療に転身して13年間、見てきたこと、培ったリハビリマインドをテーマに話を伺いました。全3回に分けてご紹介します。 第1回のテーマは「脳神経外科医として過ごしてきた急性期病院在籍時代」の話です。 変化に富み、忙しくも充実した急性期時代 研修後に入職した当時の京都第一赤十字病院は、実は今ほど救急を受け入れている病院ではありませんでしたが、時代とともに病院の役割として救急医療が求められるようになっていきました。私は脳神経外科医として一層活気がほしいという想いを持っていましたので、当時の院長の理解も得て救命救急センター開設の口火を切りました。救急室が本格稼働すると、救急搬送の受け入れ件数は年間500件程度から年間数千件までに増加し、私自身も忙しい毎日を過ごすことになりました。実績が認められ、当時市内の第二日赤、医療センターに続く3番目の救命救急センターとして認可を受けました。余談ですが、認可を受けるには救命認定医の資格保有者2名以上が必要でしたが、その時点では先輩1名しかいませんでした。言いだした手前、私自身も取得することになり、それはそれで大変だったのも良い思い出です。 私の専門は、脳卒中です。第一日赤では「急性期脳卒中センター開設(2001年)」にも携わりました。開設の目的に、脳神経外科と脳神経内科が共同で診療にあたる体制をつくることを掲げていました。当時は、脳梗塞(脳の血管がつまる)は脳神経内科、脳出血(脳のなかで出血する)は脳神経外科が診るという傾向がありましたが、現在は脳神経内科と脳神経外科の診療の境界はほぼなく、共同で総合的にアプローチしています。これを考えると、早い段階で取り組めたことは良かったと考えています。名称の「急性期」は、役割を明確にする意味合いであえて表示しました。 脳卒中治療には、診療科の連携だけでなく多職種がチームで診療していくことが必要と考え、早くから「チーム医療」という言葉も掲げていました。センター開設に伴い、医師が指示するだけでなく、看護師やセラピスト等と定期的に情報共有しながら、チームでアプローチする体制も設けました。目に見える形を作れたことは、意味があったと考えています。またこの頃には、クリニカルパス(診療標準化のために、入院中のスケジュールを表のようにまとめた計画書)も設けて、より円滑にチーム医療に臨める体制を整備しました。「チーム医療」や「クリニカルパス」は現在では当たり前のことですが、それが言われ始めたこの時期を振り返ると、変化に富んでいて忙しくも充実していたなと思いますね。   次世代の成長とともに脳神経外科からリハビリへの転身を検討 京都大原記念病院は、私の第一日赤勤務時代から既に回復期リハビリテーション病棟を標榜(2000年から)していましたが、当時は「老人病院」という認識しかなかったのが正直なところです。患者様を紹介することもありましたが、リハビリ目的というより比較的重症な患者様を療養目的でお願いしていました。2006年に講演する機会があって足を運んだ時に、初めて「リハビリ病院」という認識を持ちました。今思えば、リハビリ自体があまり認知されていなかった時代であり(自分も含め)急性期の医師は「治療を終えたら、その後の指示を出しておしまい」という風潮だったように思います。 そんな私が脳神経外科医からの転身を考え出したのは、50代半ばに入ってからです。この頃は、口(指示やアドバイス)で手術をしていましたね(笑)。手術は丸一日近くかかることもあり、また緊急対応も必要で体力を要します。自身の体力面の変化等も考えれば、次世代の育成は必須でした。外科医が、いつまでも「俺が一番」ではいけないと思います。幸いその頃には若い医師が力をつけていましたので、夜間の呼び出し対応はしていたものの、手術執刀は彼らが中心となって担ってくれるようになりました。その頃、児玉博行理事長からの声かけもあり、転身を具体的に考えるようになりました。   【Profile】 垣田清人(かきたきよひと) 京都府立医科大学を卒業後、2年間東京の大学病院で研修した後に帰京。医局へ入らず、京都第一赤十字病院(以下、第一日赤)に直接入職。京都大原記念病院 院長に就任するまでの約30年間在籍。本人曰く「私は外様なんです(笑)」。 |資格| 京都大原記念病院 院長 日本脳神経外科学会専門医 日本脳卒中学会認定脳卒中専門医   【連載第2回はこちら】 リハビリは脳を介して取り組むべきだ 【連載第3回はこちら】 人生の充実感を探す支援を目指す

続きを見る