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【看護の日特集-若手看護師の想い-】 あの時わたしにできたこと

5月12日は近代看護を築いたフローレンス・ナイチンゲールの誕生日にちなみ制定された「看護の日」でした。看護の心、ケアの心、助け合いの心をだれもが分かち合い、育むきっかけとなることを目指して制定されました。

今回は、この日にちなみ京都大原記念病院の回復期リハビリテーション病棟で日々奮闘する若手看護師に、印象深かった経験についてふり返ってもらいました。ぜひご覧ください。

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私が看護師となって2年目のある日、担当していたY氏(当時80代・男性)を看取りました。Y氏は肺炎後の廃用症候群※1で入院され経鼻栄養をしていました。奥様の待つ自宅に帰る事を目標にリハビリに励まれた結果、退院日が決定しました。Y氏も「やっと帰れる」と満面の笑みをこぼされました。

しかし、退院日が近づくにつれY氏は食事の量が減り、徐々に状態が悪化してしまいました。退院予定日を迎えましたが状態が悪く延期となってしまいました。その日私は日勤でY氏を受け持ちました。Y氏はあの日の笑みが嘘かのように不安そうな表情をしていまいた。手にはナースコールを必死に握りしめスタッフを呼び「怖い、寂しい、しんどい」と一生懸命に気持ちを伝えてくれました。状態が悪化してから家族の面会はありませんでした。私はこの日の数時間でY氏に死が迫っている事を感じ、何度も何度も訪室しY氏の顔を見て、体に触れて、声を掛けました。Y氏にどう接して良いか分からなかった私にはそれだけしかできませんでした。夕方Y氏に努力呼吸※2が見られました。私はY氏の横に座り、手を握り「大丈夫、大丈夫。みんないるからね。Yさんがんばっているから大丈夫よ。」と声を掛けその後も「吸って、吐いて」と声を掛け続けました。私は先輩看護師に言われ日中の様子を記録に残すためその場を離れました。その数分後Y氏の呼吸は停止最後を看取る事が出来ませんでした。

最後まで一緒にいて手を握ってあげる事、家族と最後に会わせてあげられなかった事色々な想いが1年経った今でも私の中を巡っています。寄りそう看護を続けるなかで分かることもきっとあると思います。この経験も経て、より一層日々のコミュニケーションを大切にしたいと考えるようになり、今も心がけて看護にあたっています。これからも患者様に寄りそう看護を目指してがんばって行こうと思います。

京都大原記念病院 看護師 S

※1:廃用症候群

寝たきりや病後の安静(骨折後のギプスなども)などで活動性が低下することにより、自分で思うように動くことができなくなるなどする症状。

 

※2:努力呼吸

患者が必要量の酸素を吸入しようとして、胸をとりまく骨格を大きく動かしながら行なう呼吸。Y氏は、亡くなる前に呼吸がしずらい状態になっておられた。

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